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野村監督との別れを惜しむ、追悼コメント集

ベースボールエンタメ
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先日の野村監督の訃報のニュースに対して、各界から続々とお悔やみの言葉が報道されています。

その野村監督を追悼する言葉を読んでいると改めて偉大な方だったんだなと思いました。

この記事では野村監督ことノムさんが周囲の皆さんに愛されてきたお人柄と愛妻沙知代夫人とのエピソードなどを交えながら、

訃報に寄せられた別れの言葉を集めてみました。

ノムさんと言えば

ノムさんは名言を吐く達人

若い世代では、野村監督と聞いてもピンとこない人、結構いらっしゃるんではないでしょうか?

もちろん野球ファンでしたら、その名を知らない人はいない程、プロ野球界で活躍した人物でした。

野球界だけでなく、芸能界でも常に発言で注目を浴びる人でした。

そのな発言のことを、「ノムさんのぼやき」と言ったり、「名言」と言われていたりします。

ノムさんの名言を一部を紹介

才能には限界がある。でも、頭脳に限界はない。

選手(才能?)を引退してから、監督(頭脳?)としての第2の人生を開花させた人の言葉にピッタリです。

長所は意識しなくていいが、短所は意識しなくては修復できない。そして短所を補うことができれば長所も伸びる。個人もチームづくりも同じです。

この言葉は読んでいると、”うんうん”とうなづきたくなる様な「その通りだな」と思わせる言葉です。

特に「短所は意識しないと修復できない」の言葉が胸に刺さります。

他にもまだまだ、数えきれないほどの名言を残していらしゃいます。

ノムさんの名言は人生哲学を感じさせられる、誰の心にも響きそうな言葉ばかりでした。

ぼやきの変遷

「ぼやき」はヤクルトの監督になり、選手が思うように動かないことなどを、記者問われたときに、ぼやくようになっていました。野村監督のキャラと相まって”ぼやき”としてマスコミやファンから注目を集めるようになっていったんでしょうね。

当時は選手を名指しで批判して反発を買ったこともありましたが、

70歳を過ぎてから楽天監督になると、ぼやきも孫をかわいがるような褒め言葉に変わっていきます。トゲトゲしい発言がだんだんとマイルドになっていきました。

大リーグで活躍中の田中将大こと「マー君」も監督は「田中」と呼ばず、「マー君」でしたから、

ヤクルト時代と楽天時代とでは、選手への接し方も変わってきたなと感じました。

 

かかあ天下の代名詞、沙知代夫人

野村監督と言えば、奥様の佐知代夫人というくらい、奥様の存在が大きい方でした。

まさに野球人生を2人3脚で歩まれてこられた、おしどり夫婦としても有名な方でした。

どうしてこんなにもズバズバものをいう人と結婚したんだろうなと不思議に思っていましたが、

野村監督にとっては、そこが魅力の一つだったのかもしれません。

監督がサッチーに対しての思いが伝わるエピソード

沙知代さんは監督に対して自分の過去の経歴や家庭環境などをウソついていたそうです。

そのことに対して、監督は許し、咎めませんでした。

「いい方に考えりゃ、ウソをついてでも、オレをゲットしたい、ってことでしょ」といつもの“ノムさん節”で語ったそうです。

ウソにもよりますが、自分についた嘘について許せるところ、なんて心が広いんでしょう。そして、語った言葉「嘘をついてでも、俺をゲットしたい」ってのろけですかって感じです。

沙知代さんといえば、1996年、衆院選に出馬します。その際にも「コロンビア大学留学」などと経歴を詐称したとして大騒動になりました。

その件についても監督は、「ええ格好、したかったんじゃないの」と達観していたそうです。

佐知代夫人の本音は監督の言う通り、ええかっこしたかったんだろうと思います。

コロンビア大学留学とすれば、拍が付きますからね。思わずウソをついてしまったのかもしれません。

それに対して、監督は「ええかっこしたかったんじゃないの」と他人ごとのように話しましたが、そこには「許したってくれや」と言わんばかりの気持ちがにじみ出ているような気がするのは私だけでしょうか?

サッチーへの感謝の言葉

沙知代さんについて監督はこのように語っています。

「僕の幸せな人生を支えてくれた助っ人やと思ってます」

「世間は悪妻とか悪口をいうけど、ワシにとっては最高の女房なんや。野球以外のことはすべてサッチーがやってくれる。メシ、洋服、金の管理…。おまけにあれなら絶対に浮気の心配もないから安心して家を空けられる野球人にとってこれ以上の女房はいないってわけだね」

最後の2行の言葉はいらないと思いますけど…

こうして監督からの感謝の言葉を見ていると佐知代夫人は監督から絶大な信頼をされていたんだなと思いました。世間でいうような恐妻ではなく、良妻だったのかもしれません。(あっ、余計な一言でした)

野球界からお悔やみコメント

最後にこれからの野球界を盛り上げていくであろう、二人の投手のコメントを紹介します。

田中将大投手からのコメント

「突然の訃報に言葉が出ません。野村監督には、ピッチングとは何か、そして野球とは何かを一から教えていただきました。プロ入り一年目で野村監督と出会い、ご指導いただいたことは、僕の野球人生における最大の幸運のひとつです。どんなに感謝してもしきれません。心よりご冥福をお祈りいたします」 引用:田中将大ツイッターより

田中投手は楽天1年目から、野村監督に指導を受けています。そして、そのことが田中投手の野球人生にとって最大の幸運の一つだったと、よき出会いだったことに感謝されています。

監督も田中投手のことを愛称の「マー君」と呼んで非常にかわいがっている印象がありましたが、

孫のような世代の田中投手に愛情をもって指導されたのではないでしょうか?

ダルビッシュ有投手からのコメント

ダルビッシュ有投手とは、直接指導した経験はありませんでした。

ですが、ダルビッシュ投手からすると、忘れられない思い出があるそうです。

ご自身のYouTubeチャンネルで語っています。

2017年に故障に見舞われ、それ以降2019年前半も調子が上がらなかった時期だそうです。

その時、「俺、終わったわ。こうやってみんな(調子や成績を)落としていくんだと思っていて、自信もなかった」と思っていたところ

野村監督がテレビのスポーツ番組に出演されている番組をちょうど目にしていたそうです。

その『平成のベストナイン』という番組の中で、野村監督が投手部門にダルビッシュ投手を選んでくれてたことが嬉しかったと語っていました。

ダルビッシュ投手の番組を見たときの心境は

「(野村氏の)教え子には田中将大投手や岩隈久志投手がいて、色んな投手がいる中で、自分を選んでくれたということが、本当にあの時の自分を救ってくれた」と語ったそうです。

これが、一般人だったら、そこまで救われたと思えるほどの気持ちになれるでしょうか?

角界で活躍してきた人だからこそ、「あの人に選ばれた」と力をもらえることができたのではないでしょうか?

今回お二人だけの紹介でしたが、野球界のレジェンド、王さんや長嶋さん、芸能界からも野村監督を惜しむ声が続々と寄せられています。

最後に

野球界を盛り上げてこられた野村監督、本当にありがとうございました。

最後にご冥福をお祈り致します。

 

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