炎鵬関の「教育実習の先生」は4歳年上の遠藤関

炎鵬関の「教育実習の先生」は4歳年上の遠藤関

相撲の稽古スポーツ
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遠藤関と炎鵬関、どことなく似たような音の響きです。

実はこの二人、故郷が石川県の同じ中学、高校の先輩後輩にあたる仲だそうです。

そして、先輩後輩関係だけでなく、実は先生と生徒の関係でもあったのです。

今回は遠藤関と炎鵬関について注目してみたいと思います。

中学・高校の先輩後輩の関係

共通点のある二人

・共に石川県出身のお二人、中学・高校と同じ学校の出身なんです。

学年は4学年離れていますので学生時代にお互いの存在を知っていたかは分かりませんが…

・遠藤関1990年10月19日生まれの現在29歳、です。

炎鵬関は1994年10月18日生まれの現在25歳です。気づかれた方もいるかもしれませんが、誕生日が1日違いです。

・二人とも大学に進学されて大学相撲をしていました。

遠藤は「日本大学経済学部経済学科」を卒業

炎鵬は「金沢学院大学人間健康学部スポーツ健康学科」を卒業

 

遠藤関のプロフィール

四股名 遠藤 聖大
本名 遠藤 聖大(えんどう しょうた)
生年月日 1990年10月19日(29歳)
出身 石川県鳳珠郡穴水町
身長 184cm 体重 154kg
BMI 45.49
所属部屋 追手風部屋
得意技 左四つ、突き、押し

現在の番付 東前頭筆頭
最高位 西小結

初土俵 2013年3月場所
入幕 2013年9月場所

金星6個…金星とは平幕の力士が横綱と取組をして勝つこと
白鵬2個、鶴竜3個、稀勢の里1個

子供のころの性格…すぐに拗ねる子供だった。そのため父が忍耐力を付けさせるため相撲教室に通わせる。子供のころ相撲は嫌いであった。そんな遠藤関の気持ちの変化は金沢巡業のとき、当時大関の朝青龍に出会い、相撲の魅力を感じるようになっていった。

転機は…小学6年生の時に、相撲の大会で泣いている姿を、穴水町相撲連盟副会長の上野勝彦氏に「泣くなら明日から来なくていい」と叱られてから、真剣に稽古に取り組むようになった。

小学生の頃はバスケットボール部にも所属していたそうです。

大学卒業後の進路は、高校教師やプロ入りといった複数の選択肢があったが、同郷出身で日大の先輩でもある追手風部屋に入門することを選ぶ。

子供のころ相撲が嫌いだったって意外ですね。”朝青龍との出会い””上野氏の叱責”によってやる気スイッチが入ったんでしょうね。

炎鵬関のプロフィール

四股名 炎鵬 晃(えんほう あきら)
本名 中村 友哉(なかむら ゆうや)
愛称 ユウヤ、ユウタン、ふんどし王子(高校時代)、ひねり王子(入門後)令和の牛若丸
生年月日 1994年10月18日(25歳)
出身 石川県金沢市
身長 167cm 体重 98kg
BMI 35.14.
所属部屋 宮城野部屋
得意技 左四つ、下手投げ

現在の番付 西前頭5枚目
最高位 西前頭5枚目

初土俵 2017年3月場所
入幕 2019年5月場所
趣味 寝ること

金星…

子供のころの性格…兄の影響で5歳から相撲を始める。体格の大きい友達に勝ったことで自信を付け、相撲にのめりこむ。小学生のころ舞の海の相撲を見て、「自分もいつかこういう相撲を取るようになりたい」と思うようになった。

負けず嫌いでギャラリーが多いいと燃えるタイプ賑やかで、ムードメーカ的な子供だった。場を盛り上げるのが得意、運動は当時から何でもできたが、給食はあまり食べなかった

小学生のころは(2年から6年)水球のキーパーを行っていたそうです。

大学卒業後の進路は…就職活動中はしたものの応募先からも面接で角界入りを勧められ、入門の決め手となった白鵬の言葉「相撲は今しかできないぞ、人生かけてみろ」で横綱・白鵬の内弟子として、宮城野部屋へ入門した。炎鵬という四股名も白鵬が名付け親。「炎のような相撲をとれ」という意味が込められている。

力士としては華奢な炎鵬関、食べることがあまり好きではないようです。現在100㎏を切ってる炎鵬関ですが、親方や白鵬関からも「もっと体重を増やせ」と目標110㎏に向けてなんとか、頑張っているようです。

子供の時から食が細く、苦手な食べ物が”ご飯”みたいですから、あと10㎏ちょっと増えるのにも苦労されてるみたいです。白米の匂いが苦手らしいです…まるで妊婦みたいですね。

お相撲さんでも食べるのが苦手な人っているんですね。だから体つきが華奢なのかと妙に納得しましたが、炎鵬の名付け親である白鵬も、昔はとても華奢でした。徐々に体重が増えるといいですね。

遠藤先生に恩返しする炎鵬

教師を目指していた遠藤関は大学4年生の時金沢学院高校に教育実習に行ってるんです。

そこに炎鵬こと本名中村友哉君石川県のインターハイ予選を目指して頑張っていました。

遠藤先生は2週間みっちり指導したそうです。結果友哉くん(炎鵬)個人優勝を勝ち取りました。周りの子たちが「遠藤先生に電話しろ」と叫んでいたそうです。たった2週間の教育実習でしたが、4歳違いの遠藤先生といい関係が、友哉君含め生徒さんたちと出来ていたのではないでしょうか?

そして、遠藤先生と同じ道相撲界に入ります。相撲界に入って初顔合わせで炎鵬関勝ちました。

相撲の世界では、かつての恩師や先輩に勝つことを、恩返しというそうです。

炎鵬は初対戦で見事勝ち「恩返し」をしたというわけです。

遠藤関が遠藤先生だったこと(2週間だけ)は驚きでしたが、炎鵬関を教育実習で指導していたなんて、二人の間にそんな縁があったことにも驚きでした。

 

両者とも角界に入り、着実に力を付けて相撲界を盛り立ててきてる二人ですが、お二人とも女性ファンが多いのも共通点の一つです。遠藤関はご結婚されましたが、炎鵬関はまだ独身。これからどんなお嫁さんをもらうのかも注目になってきます。

 

 

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